私は、不登校・うつ症状で大学を2年留年した後、卒業しました。当時、留年仲間がおらず苦労したので、同じく留年してしまった人の為にブログ作りました。 私の卒業後…日雇い派遣→就職→心身壊し退職。知人の所でバイトしつつヘルパー2級取得→保育士試験受験。結果は不合格。


by ryu_nen
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二回目の病院。

今の先生の診断に寄ると、私は睡眠障害と気分障害があるだけで、健康らしい。
病気というより、自分の考え方が自分を苦しめているようだ。以前の病院は薬をくれるだけだったので対話形式の医者に変えてよかったと思う。
正社員で働いていた両親。今のバイトを続けていても、とても親のような経済力は持てない。まあ、子どもの頃から今もそうだが、欲しかったのはお金ではなく、手作りの夕食だったり、夜一緒に寝ることだったのだから、お金のある家庭は望んでないが、やはり育ってきた家庭よりお金がない家庭を自分が築くことは怖い。手作りの暮らしに憧れはあるものの実際近くにないので、自分には実現できそうに感じない。

上を見たらきりがない。それはわかる。自分には向き不向きがあり、できないことがあるのもわかる。
何もないことが一番平和なこともわかる。今思えば、彼氏と信頼できる仲間と一緒にいた頃が一番幸せだった。しかし、私は当時も不満で、もっと上を目指さねばと思っていた。そして、目指すうちに仲間も減り、彼氏もいなくなった。
失ったものも大きいけど、ささやかな暮らしでも信頼できる人がいれば、もうそれで満足なんじゃないかなぁと気づいた。
結局、私が憧れていた華やかな世界もついていけなかったし、学歴があっても心が貧しい人もいた。

いい格好したい。それはある。プライドを持っていきたい。それはいい。けれども、それは本当に自分が大切なものがわからないもので着飾るのは、意味のないことだし、本人も不幸だ。
相談できる人がいないのは問題だと先生もいう。自分の味方になってくれる人を見つけること。自分のことを話せる人を見つけること。少しずつでも増やしていこうと思う。
車があって、家があって、結婚して、子どもがいて、仕事を持って、経済的に安定していて。そういう人が成功している人で、ゆとりのある生活をしていて、幸せな人だと思っている。そうでない自分は恥ずべきで、駄目人間だと思ってる。
価値観の転換だなんて、学生の時は言ってながら、結局コレだから笑ってしまう。
でも、定職がなくても、いいんじゃないという気持ちもある。使うだけのお金を稼いで、好きなところへ行って。資格をとったり、勉強してさ。将来的にはお金はかからないけど何でも手作りして心がこもっていて、愛だけは溢れてるような場所を作りたかったんだ。
それが本当の私のやりたいことでしょ。もうわかってるのに、まだ、お金がないと不安だとか、定職がないと格好悪くて外にもでれないとか思ってる。馬鹿みたい。それなら、無理して就職してOLでもなんでも、見た目が良さそうな会社に入ればいいのに。それで適当な人と結婚すればいいじゃない。しかしそれも、身体がついていかないし、違和感がある。多分違和感は、ずっとあって、それが留年や気分障害という形で表面化しただけだ。
思うようにやってみたら?
ただし、孤立はしないように。
仕事にするのは無理なら、趣味にしてもいいし、ボランティア活動にしてもいいし。好きなことをやればいいんだよ。
いつでも、今が一番楽しいと考えることだと先生も言った。暮らしの中で楽しいことをする。暮らしを楽しむこと。
私は十万ちょっとの給料で家族と同居暮らしなんて納得できない。先生は同じような暮らしで満足してる人はたくさんいるっていうけれども、私は満足できないっていうか、しちゃいけない。何か人生をかけて頑張ってることがあるなら今の暮らしでいいけれども、それもなく今の状態は許せない。でも、そのかたくなさは、なんなんだろうと思う。
何かに少しずつ挑戦して、自信をつけていくことも大切だと言われた。それはある。ただ気分が悪い日は人と話すのも困難なんだけれど。そういう日だけ薬を飲むのもよいそう。
できないことはあるんだよ。人間が空を飛べないみたいにね。毎日出来ないことを悔やんでたら、それだけで終わってしまう。できることはあるはずだよ。ちょっとした改善や心がけで、良くなることもあるはずだよ。
そういう小さな積みかさねを続けていくことじゃないのかな。
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by ryu_nen | 2007-02-25 14:50 | 留年日記