私は、不登校・うつ症状で大学を2年留年した後、卒業しました。当時、留年仲間がおらず苦労したので、同じく留年してしまった人の為にブログ作りました。 私の卒業後…日雇い派遣→就職→心身壊し退職。知人の所でバイトしつつヘルパー2級取得→保育士試験受験。結果は不合格。


by ryu_nen
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Excite エキサイト : 社会ニュース

千葉県で5月31日に起こった大学生活に悩んで両親刺殺後に自殺した大学生の事件。
精神的に不安定で大学を休学したり復学したりしていたとのことですが、
二年留年していた私にも無縁な話ではないと思いました。
「大学なんて簡単に卒業できる」「さっさと卒業しなさい」なんてよく言われました。
でも私は違うと思う。
大学って楽そうに見えて、もちろん社会人に比べて楽な部分もあるのだと思うけれども
それはそれでつらいものだと思います。
事件を起こした彼が思い悩んでいたことが自分のことのように思えてなりません。
私も親と二度ほど大きくぶつかりました。
近い人だからわかりあいたいのに、わかりあえない。
イライラ、憎しみだけが積もる。あれは本当につらい時期でした。
家族であるからこそ、いっそうつらいのもしれません。
大学生をもっとサポートするようなシステムやサービスの充実が急がれていると思います。
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by ryu_nen | 2006-06-01 00:40 | トラックバック

酒豪バトン!


いろんなバトンを見たことありますが今回「酒豪バトン」を
蒼樹さんから、頂いたので、やってみたいと思います。
でも私あまり飲めなくて・・・飲み会で3杯くらいが限界です。
普通に一人の時は飲まないし。二日酔いしてしまうので^^;
麦茶代わりに飲む先輩とかいるんですけれども羨ましいです。
関係ないですけど、私の先生はビールを手作りしてましたよ。法律違反ですが^^;

1.今、冷蔵庫に入っているお酒の容量は?

家族が買ったものでアサヒの発泡酒が二本とワインが一本。
私が夏のイベントで先輩にもらった
メルシャンの「ギュッギュッと搾った。シトラスマンゴーのお酒」というものが残ってました。

2.好きな銘柄は?

甘いのが好きなのでクリームリキュールのベイリーズです。
記憶喪失の女性のCMでおなじみでしたよね^^牛乳で割ると、カルアミルクみたいです。

3.最近最後に飲んだ店は?

八月の終わりに先輩が誘ってくれたイベントの打ち上げが最後かなあ。
村さ来でした。今の今まで、「むらさこい」という名前だと思ってた・・・。
「むらさき」だったのね。私の街にしかないと思ってたら全国展開だった^^

4.よく飲む、もしくは思いいれのある5杯


思い入れのあるお酒。
お酒のある思い出とかだと。

①バレンタインに当時の彼に小さな瓶のベイリーズをプレゼントして二人で飲んだこと。

②ワイン半ボトルを飲んで酔っ払った時、
気分良くて、駅前でせかちゅーの「かたちあるもの」を熱唱していたことがアル。

③ボランティアを頑張ってた頃は、毎週、ひどい時は三日ごとに飲み会がありました。
留年してからは飲む機会がなくなったので、今となっては考えられないです。

④大きなイベントの年に一度の打ち上げの思い出。
ここでは男の人でも泣いてましたねえ。感動的でした。

⑤高校時の同じクラブで年に一度集まって飲むのが楽しかったです。
あの頃は一緒にいて当たり前だったのに
その貴重さになぜ気づけなかったんだろうなあと思う。

5.ジョッキを渡す5人

お世話になっている方々。
流年者さん、ひじきさん、スギさん、blackwing さん、Tamarind-Cafe さん、沖野美海さん、bunzak さん、華さん、LYOHEYさん、tanukidoさん、go-go-5s さん、シロクマさん、k-inblue さん、sofさん、misuzu0905さん。

もうバトン受け取ってる方もいるのかな。。。^^;
5人だけっていうのが難しかったので・・・すみません。もしよかったらバトンお願いします。
名前をあげれなかった方ごめんなさい。
名前とは関係なく、ぜひTBしてくださいね。

お酒についてふりかえれるいい機会でした。蒼樹さんありがとうございました。
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by ryu_nen | 2005-10-18 22:53 | トラックバック
昨日、24時間テレビを見ていた。
今年のテーマは生きる。
そのせいか、母が言うには、ガンなどの話が多かったのではと言っていた。

途中、稲垣さんがダーツの旅で村の人に

あなたにとって「生きる」とは?

と聞いていた。

ある人は、畑を耕し、作物を育てることだといった。
ある人は死ぬ最後までわからないといった。

イラクで亡くなった橋元さんの奥さんは「生きるというより生かされている」と答えていた。

さまざまな答えがある。

私はどうなんだろう?
なぜ、つらいことや、生きづらさを感じながらも生きるんだろう?
信じたくないような出来事が起こったときは
宗教や思想、生き方の本を読み漁ったこともあった。

ミスチルの「未来」にある
「生きてる意味なんてない だけど死にたくもない」
というのに似てるだろうか。

死にたいと思うことがあるけれども
ギリギリのところで、いつも先輩や仲間にSOSの電話やメールをして助けてもらってる。
本当にギリギリの立つこともできないしんどい時しかSOSはしない。
でも、なぜかそういうとき、死んではいけないことだけはわかる。

多分、私は、確かなつながりを感じてるから。
大地やこの星とのつながりを感じる。
それは先住民のスピリチュアルな体験のワークショップに参加してからかもしれない。
だから、この星に対して、また、同じ時を生きる人たちに対して、確かな信頼感がある。
うまく説明できないけれども、それが根底にあって
死んではいけないって思う。

私にとって、生きるとは
この星への信頼感。
ともに生きる命への信頼感。
信頼とつながり。
ということになるだろうか。
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by ryu_nen | 2005-08-29 21:09 | トラックバック

自分の感受性くらい

8月初めの気合入れ

misuzuさんの記事をTBさせていただきました。
茨木のりこさんの詩が私も覚えがありました。
この詩はヤンキー先生として有名な義家弘介さんが
好きな詩として自身のHPで紹介されているのを見たことがあって、
私も大変感銘した詩です。

私は長く(いや、今もそんなところがないとは言えないが)
自分が今の留年という立場になったことを
親や先生、社会のせいや、まわりの友人や彼氏、
自分の運の悪さのせいにしてきました。
だからいつも恨んだり、憎んだりしてました。

そんなときに出会った詩でした。

そのころは「そんなこと言われても」って思っていましたが、
今は人のせいにしないで、いられそうです。

少しは大人になったのかなあ。
いつか、受け入れられるようになるものなのかもしれませんね。
今、受け入れられないことも、そんなにあせらなくてもいつか受け入れられるのかも
しれないですね。
だから、自分をそんなに責めず、自暴自棄にならずいきたいものです。
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by ryu_nen | 2005-08-01 20:51 | トラックバック
TB先のブログでウケたのは
「経験者」とか。「時空戦士」とか「動かざる者」とか(笑)
面白いよね^^

私も留年を良いイメージでとらえるような呼び名はないか考えていました。
今まで、自分の名称に使った言葉は

「人生遠回り中の者」
「スロースターター」
「ニート」も使ったなあ。

「ダメ人間」っていうのも、自分の呼び名に昔使ってたんだけれどもやめた。
だって、職なしで、ちょっと心病みっぽい人自分を「ダメ人間」なんて言ったら
回復しようと頑張ってる職がなくて心病んでる人も「ダメ人間」だって
結局私は思ってて差別者だったんだなって感じたから。
それからは、自分のことダメ人間って言わなくなった。
自分と同じような立場の人は決してダメ人間ではないと思うから。


追記、大学留年を表す言葉として、ほかに
「大学五年生」などがありました。
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by ryu_nen | 2005-07-27 02:23 | トラックバック